朝ドラ あさが来た モデル 広岡浅子さんて?

LINEで送る
Facebook にシェア
[`fc2` not found]
[`livedoor` not found]

朝ドラ あさが来たが始まりました。今回は実在の人物ということですごく興味がありますね
なんでも炭坑事業、銀行、生命保険会社、日本初の女子大学校の創立などの偉業を成し遂げた
幕末から明治の激動の中、明治の女傑といわれた実業家なんだそうです
「今より少しでもみんなが幸せな世の中の実現」のため、生き抜いたヒロインの物語
「花子とアン」の花子(村岡さん)や吉田剛太郎さん演じた嘉納伝介(モデルは伊藤伝右衛門)ともゆかりがあるそうです

スポンサードリンク

朝ドラ あさが来た モデルは

ヒロインのモデルとなっているのが、広岡浅子さん実在した女性実業家であり教育者
「あさが来た」の原作は、古川智映子さんの『小説 土佐堀川 女性実業家・広岡浅子の生涯』で、脚本は大森美香さんです
ヒロインは波瑠さん、ヒロインを優しく見守るボンボンの夫は玉木宏さん、姉役に宮崎あおいさんと豪華キャストです

朝ドラのモデル 広岡浅子さんって

朝ドラ「あさが来た」のヒロインあさのモデル広岡浅子さんは超お嬢様なんです

広岡浅子の生家

朝ドラのヒロインあさのモデルとなった実在の女性実業家・広岡浅子の生家は三井一族の三井家がモデルです
維新後に東京・小石川に移ったことから「小石川三井家」と呼ばれたようです

広岡浅子の夫

江戸時代から続く大阪(大坂)の豪商で、米問屋と両替業で栄えたが
明治維新の影響で各藩への融資が回収不能になるなどの維新期の混乱の危機を救い、持ち前の商才を発揮し異分野のビジネスに次々に挑戦。
夫・信五郎は三味線や茶道に夢中なボンボン。あさの事業家としての才能を見出し、生涯にわたってその奮闘を支える新しい夫婦の形

広岡浅子は炭鉱も

浅子の結婚持参金、嫁入り道具、加島屋の米蔵などを売却し、金を工面し売りに出ていた九州筑豊の潤野炭鉱を買収
炭鉱爆発事故により死者を出し賠償金支払いのために苦しい時期もが、加島屋の経営安定の基礎をつくる
花子とアンで吉田鋼太郎さんが演じた炭坑王・嘉納伝助のモデルの伊藤伝右衛門さんとも交流はあったようです

スポンサードリンク

広岡浅子の加島銀行って

両替商から、明治初期、外国から入ってきた「銀行」という新しい金融機関の在り方に興味を持ち、明治21年(1888年)に念願の「加島銀行」を設立。
明治9年(1876年)には浅子の実家 三井家の一族が、日本初の私立銀行「三井銀行」を設立している
銀行を設立するときには、あの渋沢栄一にアドバイスももらっているとか
加島銀行では画期的な「女子行員」を雇用し、熱心に教育を施している。
昭和恐慌の影響で、昭和12年(1937年)に廃業。

広岡浅子は大同生命も

医療が発達し人間の寿命が延びると考えた浅子は、成長分野と予想される保険事業の強化を図ろうと考え大同生命保険をうみだした
社名は「小異を捨てて大同につく」に由来。

広岡浅子 尼崎紡績(ユニチカ)

謡曲遊びにウツツをぬかしていた夫・信五郎が謡曲仲間たちとともに「尼崎紡績」を立ち上げる。
信五郎は尼崎紡績初代社長に就任。浅子も運営方針に真剣に助言するなど、夫の事業を見守る。この頃から信五郎も事業家としての才覚に目覚め始め、後に加島銀行二代目頭取、大同生命副社長などを務めている。

広岡浅子 日本女子大学校

女子教育のため日本ではじめての女子大学設立に尽力した浅子
成瀬仁蔵が持ち込んできた『女子教育論』に感銘を受けた浅子は、日本初の女子高等教育機関である日本女子大学校(現在の日本女子大学)の設立にも深く関わっている。
実家の三井家も女子高等教育機関設立に理解を示し、日本女子大学校の敷地である東京・目白台の敷地を寄付している。


⇒【楽天ブックスならいつでも送料無料】「九転十起」広岡浅子の生涯 [ 古川智映子 ]

すごいですね!!こんなにすごい方がおられたのですね!!
時代といいこの朝ドラはしっかりチェックしたいと思います

スポンサードリンク

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です

*
*
Website